こんにちわ
何かこちらで
http://d.hatena.ne.jp/settu/20060817/p2
(殆ど全文引用&恣意的加工につき問題ありとの指摘に伴い、削除しました。申し訳ありません。)
とのコトなので、指摘もされないし、指摘されても特に問題ないウチが転載するべきであろうと。
どうせ元も転載だし。
「何他人の褌でウンタラ」とか言って来たら笑う
以下、不完全なコピペなので注意。後でHTMLはゆっくり直そう。
↓はじまりはじまり
何と言うか、凄まじい記事に出会ってしまったので、思わず抜粋して転載。
出典雑誌は不明なのですが。
民主党ですが明日が見えません!
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/army/1155743106/
『「ゲド戦記」についての暴言』(抜粋)
(『岡田斗司夫の暴論暴言!』より)
宮崎駿の批判がすごい。
「いままでジブリは、何人も若手の監督を育てようとしているけど、全部、宮さんがつぶすんだよ」って言う(笑)。
つぶしたのかって。
驚くことはないんですよ。宮崎駿はつぶしますよ。
これはわかるんですよ。なんでかっていうと、『もののけ姫』のDVDを見たときに、宮崎さんが、アニメーター作画してるシーンを「それじゃダメだ!」と取り上げて、自分で書き直す、って場面があったんです。
(略)
たしかにそうすれば、サンの動きがスピーディーかつリアルに見える。
でも、目の前で自分の仕事を完全に否定されたアニメーターは辛いですよね。宮崎駿は天才といわれると同時に、こんな人の下で働きたくないですよ。なんでかというと、明らかに自分が子どものころから憧れて、いまだに追いつけない天才が、毎日自分の仕事をダメだっていうんですよ。こんなストレスに耐えられる新人いないですよ。
なので、いままで宮崎監督のもとで、新人監督がぜんぜん育たず、社外から押井守を入れるという話もあったんですけど、押井さんがひとこと、「やだよ、あんなとこ」と言ったという。庵野秀明を入れるという話もあったんですけど、やっぱり無理っぽい。
そういうことで、ジブリってのは、スタッフのプライドは高いんだけども、宮崎駿にすぐにへこまされるという、大変鬱屈した、屈折した状態になってるんですね。これを、まずひとつ、頭に入れましょう。
(略)
……あ、さっきの新人をつぶすという話なんですけど、宮崎さんてね、『魔女の宅急便』と、『もののけ姫』じゃなくて『ハウル』は最初、宮崎駿監督作品じゃなかったんですね。若い人を監督にしてたのが、途中から宮崎さんが「ちょっと待って、おまえには出来ない」といって、無理矢理取り上げちゃって、自分で監督した作品なんですね。そういうことをするから、どうしても育たない。
(略)
困ったやつだけど、天才なんです。困ったもんです。困ったやつなんだけど、宮崎駿本人しか監督がいない。まるで核兵器しか兵器がない北朝鮮みたいなスタジオなんですね(爆笑)。
さて、『ゲド戦記』でございます。
もともと『ゲド戦記』は宮崎駿さんが昔からいちばんやりたい作品、これだけやれればいいと、三〇年ぐらい前に言ってたやつで、三〇年ぐらい前に、アーシュラ・K・ル・グインというアメリカの女流SF作家、かつてはノーベル文学賞にもっとも近い作家といわれたひとに、直接、間接に何度も手紙を送って、「やりたいやりたいやりたい」と言っていた。そのたびにル・グインさんはエージェントを通して、もしくは本人から「ニホンのアニメなんかに『ゲド戦記』はできませ~ん」という無礼千万な返事を送り返してきていた。
最後に宮崎さんがプレゼンテーションしたのが二〇年前です。そのときやっぱル・グインさんは「ダメで~す」っていうんで、あきらめた。
(略)
ところが、数年前、二年ぐらいまえかな、アーシュラ・K・ル・グインさんから宮崎駿に手紙が来たそうです。「ワタシがマチガってま~した。すぐにやってくださ~い。ハヤオ・ミヤザ~キは天才で~す。『ゲド戦記』ぜひともやってくださ~い」
(略)
宮崎さんはそのときに、もう断腸の思いで「もういまさら出来ない」って断ったそうなんですね。ところが、鈴木敏夫プロデューサーは「なるほど。宮崎駿は断ったけれど、ジブリは断った訳じゃない」と言って、アーシュラ・K・ル・グインに「ジブリが引き受けます」っていうふうに送ったんですね。
アーシュラ・K・ル・グインのほうはてっきり「ハヤオ・ミヤザ~キが引き受けてくれた、キャホ~」ってな感じで喜んでたと思うんですけど。
さて、どうするか。それに関して宮崎さんは「俺、やんないよ。俺がやんなきゃ誰がやるんだ。できるやつなんかいねえよ、断れ」みたいな大変勝手なことを言ってて、そこの会議にたまたま出席したジブリの森美術館館長、宮崎吾朗くんがどうもうまく話にのせられて、監督をするということになったらしいんですね。
(略)
その家族会議で吾朗くんは宮崎さんに「おまえのような人間には、才能もなければ力もなければやる気もなければ、監督としての能力がなんにもない。おまえには『ゲド戦記』は出来ない!」とまで言って、それきり二人は口をきいていないそうです(笑)。
もう、オタク界の伝説ですよ、これ。日付までわかってるんですよ。
(略)
(ル・グインさんとの会議中)
そこで、鈴木敏夫さんが、宮崎吾朗くんが描いたポスターを出しました。(略)ル・グインさんに見せたんですね。
するとそれを横から見ていた宮崎駿さんは「なんだ、これは。こいつは『ゲド戦記』をまったくわかっていませんからね」って(爆笑)。
(略)まるで海原雄山が山岡史郎にいうみたいに、ついに馬脚をあらわしたな、おまえがなによりわかってない証拠だと、ものすごい勢いで言って、それだけならともかく、それにくらべてわたしが描いてきた『ゲド戦記』の絵は……(爆笑)……
宮崎さん、いきなりカバンの中から今まで描きためた『ゲド戦記』の街の設定をヤマほど出して、ほらほらほら、わたしのが正しいでしょって言って。もうアーシュラ・K・ル・グインさん、ぽかーんですよ。
「アナタハナニヲシニ来タンデスカ?」
鈴木敏夫先生はインタビューに答えてます。
「長いあいだあのひとと付き合ったけれども、本気で殴りたいと思ったのはあのときが初めてだった」
(略)
どうなるのかって思ってたところに出てきたのがル・グインの息子です。「まあまあまあ、みなさん、向こうのリビングルームに晩御飯用意してます」っていうんで、みんなで晩御飯を食べて、その場はまるくおさまった。そのとき鈴木敏夫はつくづく思ったそうです。
「天才の息子は、天才じゃないかもしれないけど、いいやつなんだ」と。
吾朗くんも監督を引き受けてくれた。ル・グインの息子もとりなしてくれた。天才の息子は天才ではないけれど、いいやつだと。
で、この話がつづいた結果、結局、ル・グインさんにはそのときオーケーもらえなかったんだけれども、ル・グインさんの息子が説得してくれて、宮崎吾朗の監督でオーケーになったそうなんですよ。
いま、吾朗くんは監督日記書いてるんですけど、見たらすごいですよ。
いま、ジブリのなかではどちらかが部屋にいるのを見かけたら、もう1人はその部屋に入らないという暗黙の了解が出来ているとか書いてある。
なんか、こう、ぜんぜんしゃべってないし、スタジオですれ違いしそうになったら、気がついたほうが引き返すというぐらい、険悪なんだそうです。
宮崎駿先生のほうは、自分の息子は「能力もなければ、才能もない」という風にはっきり公言してるんですけど。
(略)ジブリの森美術館の館長になった理由は簡単なんですよ。ジブリの森美術館といえば、デザインを宮崎駿がやったことになっています。実際にやったんです。
(略)吾朗くんがやった仕事はなにかっていうと、「ダメだ!」って言われる役なんですね。
建築家のひととそういう打ち合わせをして、父親にはなにを見せても「ダメだ」と言われるから、なにを見せても「ダメだ」と言われて、はいはい、ごもっともごもっともごもっとも、って聞いて、それをちょっとだけ建築家につたえて、宮崎駿の意思というものを徐々に徐々に伝えるというようなことをやった。
つまり、「ワガママな天才の息子」という仕事をちゃんとやりとげたわけですね。
それを見た鈴木敏夫が、いままでジブリにいた監督がなんで全部つぶされちゃったのかというと、宮崎駿という大天才、自分より才能も能力もある人間にダメだと言われたら、自分が全否定された気がして、萎縮しちゃう。だから、逃げたり、辞めたりする。
ところが、宮崎吾朗はすごい。なにがすごいか、どんな才能があるかというと、「宮崎駿の息子」という才能があるんですね。
宮崎さんは息子を子どものころから全否定してるんだけど、彼はのほほんと生きてる。これをつかわない手はない。
(略)
宮崎吾朗以外の人間だったら、「おまえはダメだ!」と言われた瞬間に逃げるだろう。でも、宮崎吾朗は「おまえはダメだ!」と言われた瞬間に「はいはい」と言う。仕事をつづけるにちがいないという、とんでもない読みをして、それがドンピシャ当たったわけですね。
(略)
『ゲド戦記』、順調に進んでいるそうです。こないだ、ル・グインさんの息子も来て、なんかこう、意気投合したそうです(爆笑)。
そういうわけで、ぼくは宮崎吾朗なんて、才能なんかないよ、アニメ監督をするには無理だと思ってたんですけど、たしかに『ゲド戦記』をいまのジブリで作るん合ったら、宮崎吾朗以外にはないです。
(略)
で、いま問題になってるのが『ゲド戦記』のクレジットです。
(略)
今のままではスタッフ・クレジットに宮崎駿の名前が出てこない。それではスポンサーも代理店も宣伝会社も納得しませんよ。
(略)
さんざん悩んで鈴木俊夫プロデューサー、すごいアイデアを思いついたそうです。
映画のオープニングでスタッフ・クレジットがこう流れる。
プロデューサー、鈴木敏夫!
監督、宮崎吾朗!
そして……
父、宮崎駿!
(爆笑&拍手)
ね、すごいでしょ?
これはいくら宮崎駿でも否定できない。
「監修』とか「プロデューサー」だったら、「そんなこと、やってない!」と怒鳴ることもできるけど、「父」は……やってますから。
このアイデアを出したら、宮崎さんは激怒して、吾朗ちゃんはイヤ~な顔をしたそうです。(爆笑)
そういうわけで、みなさん。『ゲド戦記』はどうせつまんないから応援しなくていいけど、宮崎吾朗ちゃんは応援してあげましょう。(拍手)
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/ghibli/cnt_interview_20051226.htm
>世論調査を見れば増税賛成が増えているし、郵政民営化や憲法改正を国民に問うんだという政治が
>もてはやされるのは、僕にはよく分からない。だってそれは為政者のすることで、
>結局は自分の首を絞めることにつながる。つまり現実感のある「庶民」がいなくなったということなんだと思う。
>まぁこれは作品を通して吾朗君が表現していくことともつながっているはず
…映画見たけどどこら辺にそのメッセージが表現されてたのか、
最後までサパーリわかりませんでしたよ…。
とりあえず、こんな、色々複雑な事情があったのだなぁ、とか思ったり。無論、これが真実かどうかはわからないことではありますが。
ただ、最近ル・グインさんの映画に対する意思表明が話題なっておりますが、「ニホンのアニメなんかに『ゲド戦記』はできませ~ん」とかの、この流れを見ると、ほんのちょっとだけ、「ぶっちゃけ、自業自得の面もあるんじゃね?」とも思ったりとか(マテ
(※メモ:この原作者の感じる気持ちの問題に関しては、所謂、最近ウチのサイトで扱って来た非公認二次創作問題とは基本的に別問題と思われますので、そこは切り離して考えておきたいと思います。たとえその本質が「原作者の意に添わない」ものだとしても、基本的には契約という形の「表の世界」で為される創作の話なので。)
何にせよ、『状況』は転がり始めたら止まらない、そんな感じか、と。
『ゲド戦記』がダメだったからといって、単純に宮崎吾朗監督叩きをすれば良いという話でも無い訳か、とも。
それにしても、「俺、やんないよ。俺がやんなきゃ誰がやるんだ。できるやつなんかいねえよ、断れ」とか訳が分かりません。というか凄すぎるwwwwwwww
……いや、笑い話で済まない所がまた凄いってことなんだろうけどorz
けど、そこまで思い入れがあるのなら、宮崎さん、やりゃあいいのに……(;´Д`)
というのはやっぱ素人考え、ってなっちゃうんだろうか。
とかく、こんな事情もあったのだなぁ、と思った次第です。
追記:ふと、思ったのですが。
今ジブリ作はあちこちでダメ出しされまくりな訳ですが、ひょっとして、ジブリの今後は宮崎吾朗さんの成長、もしくは宮崎吾朗同等の希少スキルを持つ、才能のある人(スパロボ風に言うならば、「耐久」とか「受流」(受け流し)とかの。対宮崎駿の)が出てくる、あるいは外部からでも入るまでは、ジブリの今後は色々と微妙、ということになるのでしょうか。
ジブリも大変だなぁ、というか。
追記2:ちょっとだけ記事を増やしました。ところで、ここに出てくる面々のなかで、なんというか、こう、一般的な人といいますか、いい人といいますか、一番そんな感じに見えるのが、宮崎吾朗さんのような気がするのですが、気のせいでしょうか。あとは、ル・グインさんの息子さん?
引用記事中にあるように、ちょっと、応援したくなっちゃうかも、とかそんな感じになっちゃいますねぇ。
追記3:ちなみにご本人は、幼少期の頃から、アニメがやりたかったんだけど、ちょっと絵を描く度に父親に「おまえはダメだ」と言われてきたんだそうです。世界の宮崎に。(さらには母親にもアニメだけはやるなと言われて来たそうですが。)で、両親どちらにも言い出せなくて、大学では園芸やらをやっていたんだそうです。そして、紆余曲折を経てジブリ作品の監督に。よく考えると、これはこれで、なんとも壮絶な人生なり。
こんばんわ
モコです。
我々は、戦争を知らない大きな子供たちであることを実感しました。
「戦火を逃れた幻の百フィート」
昭和は記憶の彼方だけど、確かにあった事なのよね
こんにちわ
モコです
タイトルがすべてです
http://am-net.xtr.jp/game/profile.cgi?_v=1147445570
http://game.ge-sen.com/?cmd=ga&no=605
http://game.ge-sen.com/?cmd=ga&no=606